羽田発2時50分の飛行機でポンタは北海道に向かった!
って、・・・あれッ??
羽田発2時50分ン??フランク永井の歌は・・・あぁそっか『羽田発7時50分』だったσ(⌒д⌒;)
もしかしたら、来年の春からポンタは『北の青年』になるかもしれない・・・。
こどもが大きくなって遠いところへ行ってしまう寂しさは、ここM原にいれば味わうことなどない!と思ってた。
東京にだって、通えない距離じゃないし・・・(就職、進学は東京!のハズと勝手に決めこんでいた)
わたしが東京に出るとき母も今のわたしと同じ気持ちだっただろうか?と考えてみたりする
姉が就職のために上京すると (本人の意思もあって) あっという間にUターン(◎_◎) そう、たった10ヶ月!!
兄は10年もいただろうか(横浜)
『跡継ぎ』っつーことで、ほとんど首に縄つけて引き戻した。(跡継がせるものなんてなにもないのに)
わたしが就職することになったとき
母は 「東京サ行け!おめェに合う仕事は東京サ行けばあるッ!!」(東北弁)
上京後10年ぐらいたったある日、「どーして私に東京行きをそんなに勧めたァ?」と訊いてみた。
母は 「ンだって、東京サ遊びに行けっから♪(行けるから)泊まる場所心配しなくていいしィ♪」
そんな母の小狡い企てなどツユ知らず、母が上京したときにはかのT国ホテルなどに連れてっては好きなものをご馳走したりしていた。
そう、親孝行のマネゴト♪
今では、そんな 『いい加減な親心』 に感謝しては、いる!
知人の息子は、今36歳(独身)
ここM原で生まれて学校を卒業し、就職した。
ある日、上司から 『転勤』 を命ぜられたが、カレはここから離れて生活するなんて、ゼッタイ考えられない!!ってんで蹴ったそうだ。
そのことが原因かどーか定かではないが、退職してしまった。
男子だけじゃなく女子も、どこでも生きていけるように親元から離れた生活することもある程度必要なことかもしれないと、わたしは思っている。